介護付有料老人ホームのエッセンス
同年十二月末、この数字は八万五千人と二・八倍に膨らみ、○九年一月には、さらに一・五倍の十二万四千八百人と十万人を超えた。
うち、派遣社員は、八万五千七百人と七割近くを占める。
期間従業員などの契約社員は二万三千人、請負社員は一万四百人に達し、業種では、製造業が九割を超えた。
派遣や請負社員、期間従業員などの非正社員の労働力に支えられてきた大手メーカーだが、自動車や電気機器の世界的な需要の落ち込みを受け、「非正社員ゼロ」を打ち出す企業が相次いだ。
○八年十二月十七日には、Ns自動車が国内の派遣社員二千人と期間従業員五十人の契約を翌年三月末までにすべて打ち切り、非正社員をゼロとする人員削減策を発表した。
販売の不振にともない、それまで公表していた派遣社員千五百人削減策に、五百人を上乗せした形だった。
派遣社員らが契約解除と同時に住まいを失うことが社会問題化したことから、同社は、契約を解除しても光熱費など実費を払えば一カ月間は社宅にいられるようにするとの措置はとったものの、この時点で、大手自動車メーカー十二社のうち六社で、国内工場の非正規労働者二○○八年十二月中旬、「愛知県労働組合総連合」(愛労連)のKs事務局長は、各地の労組との情報交換会議で、声を呑んだ。
従業員の解雇や契約打ち切りに踏み切っていない大手企業は、ゼロといってもいいくらいの状態であることがわかってきたからだ。
Ty社系の各社も、相次いで非正社員の契約打ち切りを発表していた。
十一月はまだそれほどではなかった。
十二月に入ると、「右へならえ」で申し合わせでもしたかのように、製造業の期間工や派遣労働者の契約解除が始まった。
○九年問題を控え、金融はゼロとなることになった。
非正社員の失業見通し調査を都道府県別にみていくと、突出して数字の大きい県がある。
北海道から九州まで、四ケタ以下の数字が並ぶ中で、十二月末で一万人、一月末で二万人を超えた愛知県だ。
二○○九年一月下旬、製造業の派遣・請負会社でつくる日本生産技能労務協会と日本製造アウトソーシング協会は、製造業で働く派遣や請負労働者の失業は、○九年三月末までに四十万人に達するとの見通しを発表した。
危機に便乗して年内に派遣社員を切っておこうということではないのかと疑った」とKsさんは振り返る。
製造業派遣が解禁されたのは○四年。
契約期限は一年までで、代わりに、この期間を過ぎたら派遣先の会社は、自社で直接雇用することを申し入れなければならない規定が入った。
二年後の○六年に、それまで一年だった契約期間の上限が三年に延び、○九年には、○六年に大量に採用した派遣社員に直接雇用を申し入れる期限が来る。
金融危機で自動車や電気機器の海外需要が急速に落ち込んだ時期に、経営の苦しさによるリストラにまぎれて派遣社員も中途解約してしまえば、直接雇用の申し入れ義務も一挙に免れることができると考えたのではないかとKsさんは推論する。
二○○九年一月、東京で開かれた小さな勉強会の席で、大手派遣会社の社員は、「派遣切り」について、「前例のない不況が原因だが、一部には、○九年問題への対応もある」と述べている。
派遣先企業の頭のどこかに、こうした発想があったとしても、不思議はない。
愛労連の相談電話は、仕事を打ち切られた働き手からの訴えでパンク状態に陥り始めた。
○六年に八百九十九件だった相談は、○八年は十一月までで千六百五件にはねあがった。
それまではサービス残業などの労働条件の問題が多かったため、労働基準監督署に持ち込んで労働基準法違反で指導してもらう道を選ぶことができた。
ところが、同年十一月は、相談の三分の二を解雇問題が占め、毎日のように面談に追われた。
解雇や契約解除は、相手企業の経営の苦しさがどの程度か、必要のない解雇なのか、やむをえない解雇なのかなど、微妙で難しい判断を迫られる。
解一雇の妥当性を判断するため、愛知県内の企業の状況を調べるうち、わかってきたのは、中小企業が置かれた状況の厳しさだった。
金融危機で輸出が落ち込む前から、Ty社系の中小企業は、ほとんど余裕のない状態に追い込まれていた。
Ty社が考案して世界中に知られるようになったカンバン方式とは、ほしいときにほしい部品を注文する形をとることで在庫を持たないようにし、在庫にかかる費用を極限まで切り詰める経費節減策だ。
派遣労働は、ほしいときにほしいだけの人手を派遣会社に注文し、必要なくなったら派遣会社に「返品」することができるという意味で、労働界では「人間のカンバン方式」とも呼ばれていた。
こうした経営の下で二○○○年から始まったコスト低減活動「コンストラクション・オブ・コスト・コンペティティブネス(CCC)」で、Ty社は二一年で三割のコストカットに成功し、営業利益は同年の四千百億円から、○七年には二兆二千七百二一億円に膨らむ。
聞き取り調査で一斉に切られ始めたこれらの働き手の多くは、全国からやってきて、工場近くの寮に住み込は、下請けの中小企業が在庫などを多めに持つと、すぐさま親会社から「改善指導」が入るという話も出た。
利益が上がって社員にボーナスを増やすとコスト削減の改善指導が入り、従業員に還元しようと思うと、こっそり行うしかないと言う企業もあった。
二○○八年の原料高で鉄鋼の相場が上がったときも、原油価格が上がったときも、親会社からは「コストカット」の指令が入った、という中小企業もあった。
原料高とコストカット指令の板ばさみで、ぎりぎりの状態に陥った中小企業を、金融危機による急激な減産が襲った。
中小企業は、これまで輸出産業の好調で仕事が忙しいにもかかわらず、絞りに絞られて利益は出ない状態だった。
「忙しいのに低賃金」では、人は集まらない。
人手不足に悩んだ末の頼みは、派遣社員、日系ブラジル人労働者、外国人研修生などだったが、金融危機はこれらの人々を直撃した。
名古屋市内に出回っていた非正社員を募集する求人フリーペーパーは、半分の厚さになった。
去年まで全ページの六割を占めていた派遣社員の募集ページが姿を消したからだ。
んでいた。
MbhのSkさんらと同じく、突然の大量の仕事の打ち切りは、寮からの大量の追い出しも意味していた。
全国の非正社員約千七百万人のうち、雇用保険に入っていない人は約七百万人に及ぶ。
こうした働き手が仕事を失えば、失業保険で救済されない大量の働き手が発生することになる。
雇用保険に入っていても、ハローワークで失業給付を受けようとすると、「離職票」が必要だ。
また自治体が提供する公営住宅などに入居するには「離職・住居喪失証明書」が必要となる。
これらは会社に発行してもらわねばならないが、派遣労働者には、携帯のメールで登録した人が多く、派遣会社の所在地や担当者さえ知らない例も多い。
そのため、これらの証明書を発行してもらえない人も少なくない。
再就職先をさがすにしても、住所が決まらなければさがすこともできない。
仕事を失ったとたんにホームレスになるしかない人々が、多数生まれる仕組みが、そこにあった。
二○○九年一月五日、路上で年を越した元派遣社員などが、名古屋市役所の仕事始めを待って、市内の中村区役所に殺到し、緊急宿泊施設への入所を求めた。
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